Category Archives: 日本とアジアの布
’10/12/25 ラオスヴィエンチャンで日本の着物とラオスの布の帯でファッションショー
●「日羅国交樹立55年記念 日羅友好イベント」 ■日時──12/25(土) 9:00~18:00 ■場所──ホアイホン職業訓練センター(ラオスの首都ヴィエンチャン) ■主催者──「ホアイホン職業訓練センター」チャンタソン・インタヴォン代表 ■共催者──NPO法人ラオスのこども ヴィエンチャン事務所 ■後援者──ラオスの労働福祉省 ■内容── ■販売──食品、染織物 ■ショー──①ラオスのこどもの歌や踊り ②ファッションショー「ラオスの布で和装を楽しむ」 日本の着物とラオスの布の帯を纏って、大橋出演いたしました! ③生け花、茶道の披露も ■主旨──多くの日本の支援団体が長年活動していながら、日本にもラオス国内にもあまり知られていない。これを機に各団体名と活動内容を紹介し、長年の友好の実りを物産販売やショーなどで展開。 ■連絡先──上記センター856-21-560006 Ms.ホーンPHONさん。 主催者のチャンタソン・インタヴォンさんの連絡先・スケジュールなどに ついてお答えしました。
’10.1.8 インド紀行
2009年の年末からお正月にかけて インドは、バラナシとコルカタに出かけていきました。 初めてのインドには、やっと呼ばれた!という思いがして 感慨深いものがあり、行く前から張り切って準備をしていきました。 カメラもD40xを使い、パシャパシャと いろんなところを写しました。 バラナシでは、道路中央にうしが堂々と歩いているところに 出くわし、えx~~なんてさけんでいても、道行く人は 何知らぬ顔。だってここインドでは、牛は神様だもんね。 (牛の目) 夜も牛は、商店街のシャッターの前で寝ていました。 バラナシはなんと言っても、母なる河「ガンガー(英語名はガンジス)川」に 沐浴をするために、集まってくる人たち。 (沐浴) 寒い冬でもこうやって身を清めているのね。 (菜の花を摘んで) 今回は、サリーを織っているという村に行くために通った村では、 1月だというのにここでは菜の花を摘んで家畜のえさにしているのです。 サリーを纏っている人たちの表情が印象的でした。 (ラジさん姉さん家族) (村長夫妻) サリーを織っている村では、村長さんご夫妻の おうちに呼ばれてチャイをいただきました。 ここで入手したサリーを使って着物を作りました。
’07.3.31~’07.4.4 沖縄の・紙・染織紀行
’07/3月末より思いたって、沖縄へと旅に出ました。 今回の目的は、沖縄の染織、紙の展覧会を観にいくことです。 紙展では紙漉きの明松政二さんが沖縄の浦添市立美術館にて、北海道の樹木と対比するように沖縄の樹木を紙に漉いて、大きな構想の展覧会でした。 タイトルは、「紙展」となっていましたが、何と展覧会場ではコレでも紙というのかというほど巨大なものが展示されていました。 見ていて面白かったのは、沖縄の風土で育った木から漉いた紙には沖縄の風、水、空気が伝わってきて、反対に北海道の木々からは大地の土を思わせるようなものが出来上がって、展示室を占領していました。 そして、もうひとつの目的である芭蕉布を織っていますHさんに会いに行くことです。 芭蕉のある産地は、沖縄北部の大宜味村喜如嘉という山深いところです。 今は、芭蕉の花の盛りで、こんな赤い花が咲くんですね。 それよりも、芭蕉布が出来上がるまでの工程を聞いてびっくり!! 芭蕉は幹の部分のところより繊維をとるのでそこを太らせるため、葉っぱまで栄養をいかないように、芯止めということを、3回も行うそうです。 そうやって取れた芭蕉の繊維は、これまた外側から芯に向かって4つに分けて、中の柔らかいところのみを着尺にするそうです。 外の硬い部分が帯として織られるそうです。 でもその織りに行き着くまでが相当大変です。 煮たり、染めたり、苧んだりと工程は果てしなく・・・。 (ここでは、割愛させていただきますが、詳しくはとーくにパンフレットと芭蕉糸があります) と、いうことで、私は、Hさんに1枚芭蕉布を織っていただくことにしました。 Hさんの織った織物。コレは、半幅帯です。 最後になりましたが、今回の旅は本当に沖縄で染織をされています内間ルミ子さんには大変お世話になりました。 その、内間さんと一緒に以前、染織をされていたIさんの工房にも行きました。 ここは、那覇市内は首里城近くで、花織りをされているところです。 沖縄の花織りはとても有名ですが、この工房では伝統的な花織りよりもとても明るい色目で織り上がった着尺に出会いました。 コレが、Iさんの工房の作品です。 写真は、私の好みで撮りましたが、 いずれも、沖縄の、海と風を思わせる色使いがとても心地よかったです。 (着物好きの私にはたまりませんでしたよ) 何度行っても、新しい発見のある沖縄は魅力なところです。
’05.12.24~’06.1.10 ラオスの旅
’05/12/24-1/10までラオスに行ってきました。 今回の旅は、本作りに参加と、ラオスの少数民族に出会うためです。 本を書かれる方は、チャンタソンさんという現在52歳の女性で、ラオスの留学生第一号、御茶ノ水大学卒業で、日本人と結婚して、一男、一女がいます。 現在は、NPOを立ち上げラオスの女性支援のセンターを作り、織物工場と日本の絵本をラオスに翻訳して送ったりと活躍をしている女性で1999年には毎日新聞のボランティア賞をとっています。 ラオスは社会主義国で首都でもまだまだ道路も舗装できていませんが、仏教を重んじる、日本人が失いつつある「恥じらいの文化」がありました。 ゲストハウスの人に話しかけても、欧米人とはちがい、とても恥ずかしそうに答えたり、声を荒げるような民族ではありませんでした。 田舎の県に行くと、65もの民族がさまざま入り乱れ、それぞれの民族衣装が物語るように、民族の文化をとても誇りに思っているようでした。 今回の写真は、ラオスの村を訪ねたときの写真と、モン族のお正月できれいな娘さんと彼の晴れ着です。
沖縄染織の旅 第2回目 ’07.10.26~10.31
沖縄の風を求めて、今年(’07年)2回目の染織の旅にでました。(芭蕉の織り手/平山さんの布) 10/26 朝、10:30の神戸発那覇行きに乗り、いざ沖縄へ。 この日から3日間「染織のための自然素材展」 が行われる北中城にある中村家住宅へと向かいます。 1時頃つくとすでに 紅露工房の石垣昭子氏が苧麻の結び方のレクチャーが始まっているではありませんか。 (紅露とかいて「ぐーる」と呼びます。) そこに混じって、私も苧麻の結び方を先生みずから教えていただきました。 こんなチャンスはめったにないんですよ。どうですか皆さんの真剣なお顔です。 (石垣さんとみんな) 現代の布市場と題した今回の展覧会は、沖縄独特の 「八重山上布」「宮古上布」をはじめ日本三代古代「葛布」「科布」「芭蕉布」が築200年を 超える中村家住宅(国指定重要無形文化財)で行われました。 (宮古上布の展示です。) 10/27 この日の出し物はなんと言っても「沖縄の芸能」です。 石垣昭子さんから芸能衣装についてレクチャーをうかがった後、その夜には 八重山諸島から来てくださった方の踊りと歌がありました。 沖縄の歌といえば三線(さんしん)のにぎやかな音しか 聞いたことがなかったの私ですが、今回は、歌も踊りもしっとり、ゆっくりのペースに 日本舞踊を思わせてくれました。 それぞれの、風土と気候にから生まれた人々の暮らし。 身近な人を想い織りつがれる「苧引き歌」や「月や浜」など 沖縄の言葉でゆっくりと歌われていきました。 (沖縄おどり) 10/28 この日が素材展最後の日 私は「八重山ぐんぼう」に見せられて思わずその色に惹かれてしまったのです。 「ぐんぼう」と「上布」との違いは上布は苧麻のみで織られていますが ぐんぼうは、縦糸が綿の糸を使い横糸を苧麻の糸で織られているものらしいです。 とにかく、縦の糸と横の糸が違う素材のもので織ったものをぐんぼうというらしいんです。 で、見つけたその布は、 松竹喜生子さんが織られた着尺です。 この色がなんともいえないでしょう。 染めは、琉球藍の藍色とみどりの部分は沖縄の防風林なんかに良く使うフクギに藍を掛け合わせて色を出したそうです。 (八重山ぐんぼう) 10/29 この日は朝から、いざ芭蕉の里、喜如嘉へと向かいました。 お忙しいのにも関わらず、平良美恵子先生直々に芭蕉の畑に皆さんを案内してくださり 芭蕉のはぎ方を見せていただきました。 (芭蕉はぎ) 今年の芭蕉のできばえは、台風の直撃は1つしかこなかったので すくすくと大きくなってはいますが、台風が来なくて困るところは 葉っぱや茎に虫がつくことらしいです。 いつもだと台風の風で虫が半分くらい振り落とされるらしいんです。 すべてが自然まかせなので、色んな自然条件に左右されるのですね。 1本の芭蕉の茎より 3通りの繊維が取れる着尺になるのはその真ん中の柔らかいところ のみを使い1反織るのに200本の芭蕉の木を必要とすることも驚きでした。 ( 1本を倒して3種類の繊維の種類に分けられた芭蕉) 10/30 この日は芭蕉の織り手さんの [...]